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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)12266号 判決

原告 小柴吉五郎

被告 川上カウ

右訴訟代理人弁護士 鳥生忠祐

右訴訟復代理人弁護士 高山俊吉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者事者の求める裁判

一、原告(請求の趣旨)

被告は原告に対し、別紙物件目録記載(二)、(三)の建物を収去して、同目録記載(一)の土地を明渡し、かつ昭和四三年一月一日以降右土地明渡済みに至るまで一ヶ月三五〇〇円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告

主文と同旨の判決

第二、当事者の主張

一、原告(請求原因)

1  原告は昭和二一年二月二六日、被告の亡夫川上亀太郎(以下亀太郎という)に対し原告所有の別紙物件目録記載(一)の土地(以下本件土地という)を建物所有の目的で、期限昭和四一年二月末日限り、賃料月額二二円五〇銭、毎年三、六、九、および一二月の各末日に次期三ヶ月分前払の約定で賃貸し、亀太郎は右土地上に別紙物件目録記載(二)、(三)の建物(以下本件建物という)を所有していた。

2  しかるに、昭和四一年一月一八日、原告と右亀太郎の間で、右の賃貸借契約を同年二月末日限り解除すると共に亀太郎において新たに本件土地の賃借を希望する場合は金一〇〇万円を後記のとおり分割して所定期ごとに原告に支払い、その支払完了後、原告所定の契約条件で本件土地につき新たに賃貸借契約を締結する旨の合意が成立した。右金一〇〇万円の支払条件は次のとおりである。即ち昭和四一年一月末日限り内金五万円、毎年七月および一二月末日限り各一〇万円とし、かつ三年以内に全額を支払うこと。

3  しかるに、亀太郎は右一月一八日に五万円を支払ったのみで残金の支払をなさなかったので、本件土地賃貸借契約は昭和四一年二月末日限り終了したまま、亀太郎との間で新たな賃貸借契約は、締結されなかった。従って亀太郎は原告に対し、本件建物を収去して本件土地を明渡すべき義務があったところ同人は昭和四三年一月死亡し、その権利義務の一切は同人の妻である被告がこれを相続した。

4  そこで原告は被告に対し、本件土地所有権に基づき本件建物を収去して本件土地を明渡し、かつ昭和四三年一月一日以降明渡しずみに至るまで一ヶ月金三、五〇〇円の割合による賃料相当の損害金の支払をもとめる。

二、被告の答弁と主張

1  請求原因1項は認める。

同2項は否認する。

同3項中、亀太郎が死亡し、その権利義務は被告が承認した事実は認める。その余の主張は争う。

2  本件土地賃貸借契約は原告と亀太郎との間で合意解約されたことはなく、その期間満了の昭和四一年二月末日以降も被告が本件土地を継続して使用しており、原告も昭和四二年一二月分まで被告より直接賃料を受領してきたのであって、本件賃貸借契約は法定更新されたものである。もっとも、亀太郎は本件借地契約の更新に際し原告から不当な要求を受け、やむなく、更新とは別途に一〇〇万円の支払を約したが、これによって本件借地契約が法定更新されたものであることに変りはない。しかしてその後原告は被告が賃料を提供しても理由なく受領を拒んだので被告は昭和四三年一月分以降賃料を供託した。

仮に、亀太郎が原告に金一〇〇万円の支払を約して、はじめて本件借地契約の更新が有効になるとの趣旨の合意がなされたのであれば、それは借地契約更新の効力の発生を巨額の金員支払の有無にかからせるという借地権者に不利益な特約であり、借地法一一条に違反して無効であり、本件借地契約は右金員の支払の有無に係わりなく、従前のまま有効に存続するものといわねばならない。

原告提出の土地賃貸借他証書(甲第四号証には右両名間で昭和四一年一月一八日に同年二月末日限り、無条件で本件土地賃貸借契約を解除する旨合意が成立したかの如き記載がある。しかしながら、右記載は以下に述べる理由によって右文言どおり理解すべきではない。

ア まず、同証書第二項で「土地賃貸借期間二〇ヶ年継続料として」一定の金員を支払うべきことを規定しており、原告は本件土地を亀太郎に継続使用させることを当然予定していたものと解すべきである。

イ 同証書第二項で「別紙甲所定条件による土地賃貸借契約証書の通り契約する」と規定しながら別紙証書なるものが実在せず、このことは正に原告が亀太郎との間の従前の契約関係をそのまま継続維持する意思を有していたと認めるべきである。

ウ 本契約書全体の構成からみても「無条件の合意解約」と「継続使用時の規定」を同一の契約証書に併せ盛りこむという異様な体裁のものであり、その意味するところは原告において亀太郎の継続土地使用を認めた上で、いわゆる「更新料」を確実に徴収するための、テクニックとして一旦両名間の契約が解約されたという建前をとった方がより有効だとの判断から、仮にそのような外形を利用したものであり、原告において真意本件契約を解約する意思を有していたとは認められない。

エ 合意解約をなすべき客観的条件が原告と亀太郎との間になかった。原告主張の本件「合意解約」時の約一ヶ月前である昭和四〇年一二月二一日に原告が亀太郎に対し、借地の使用方法が契約条件に反するとして、本件借地契約を解除する旨の通知をしたことによって、明らかなごとく、両者間には本件土地の使用方法をめぐって紛争があり、その後も亀太郎には本件土地が不必要となるような新事情は何ら発生せず、客観的に「得心と諒解のうえに」本件借地契約を合意解約すべき条件はなかったのである。

3  仮に以上の主張が認められず、原告と亀太郎との間で原告主張の解約の合意が成立したとしてもこれは原告の詐欺によるものである。

すなわち、原告は亀太郎に対し、その老令と無知と病弱とを利用し、本件土地の継続使用のためにはともかく一たん本件契約を解除し、一〇〇万円の支払をなさなければ、法律上亀太郎の本件土地の使用が不能になる旨を告げ、その旨同人を誤信せしめた結果、同人が前記解約の意思表示をしたのである。

よって被告は右亀太郎の包括承継人として、昭和四四年五月一二日開催の本件第五回口頭弁論期日において、右意思表示を取消した。

三、被告の主張に対する原告の認否

原告が被告から賃料を受領したのは昭和四三年二月末日までの分であり、その後も同年一二月分までの賃料相当額を受け取ったが、それは損害金として受領したものである。その余の被告の主張はすべて争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一、原告が本件土地を所有し、被告がその土地上の建物を所有すること、本件建物はもと被告の亡夫亀太郎の所有であったが、同人が昭和四三年一月死亡したので、被告が相続によりその所有権を承継したこと、原告は昭和二一年二月二六日亀太郎に対し、本件土地を建物所有の目的で、期限昭和四一年二月末日限りとするほか請求原因1項記載の約定で賃貸したこと(以下従前の借地契約という)はいずれも当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によると、昭和四一年一月一八日原告と亀太郎との間で、別紙「土地賃貸借他証書」(以下単に「証書」という)のとおりの記載ある合意書面が作成され、亀太郎は同書面二項記載の「土地賃貸借継続料」として、原告に対し、即日五万円を支払った外昭和四三年一月死亡するまでの間に二、三度にわたり二〇万円合計二五万円を支払い、他に地代相当額として、昭和四二年一二月までの月額三、〇〇〇円を支払ったことが認められ、この認定に反する証拠はない。

三、そうすると、他に、前記「証書」記載の文言と異別に解すべき特段の事情がない限り、原告と亀太郎との間に右「証書」記載のとおり合意、即ち、従前の借地契約の解約と共に改めて亀太郎から一〇〇万円の所定期限の支払を停止条件とする新規の借地契約(その内容は同書面二項記載の「別紙……土地賃貸借契約証書」の添付がないため、明らかでないが、当事者の意思解釈により、賃貸期間及び地代を同書面二項記載のとおりとするほか従前の契約と同一と認める)の締結という復合的合意(以下本件合意という)が成立したものと認めるべきである。

四、しかるに、被告は前記「証書」の記載は畢竟更新料の支払に関する合意に止まり、借地契約解約の合意を含まないものと解すべき旨主張し、種々理由を挙げるが、いずれも上記認定を妨げる事情とは目し難く、他に前記「証書」の文書を異別に解すべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

五、ところで、本件の場合、≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

亀太郎は瓦職人であったが、本件合意の頃は既に七一才の老令でかつ病身であり、本件(二)の建物に妻の被告と二人暮しの生活をなし、一年数ヶ月前の昭和三九年一一月中同地上に新築したばかりの本件(三)の建物(店舗、共同住宅)の賃料収入をもって生計を立てていたのであって、本件土地の使用継続を希望こそすれ、借地契約を解約して本件土地の明渡を承認する状況になかった。もっとも右(三)の建物の新築は従前の借地期間の終了に間もない時期に原告の承諾なくしてなされたものであり、原告はかねて亀太郎との間で承諾料の授受およびその金額について話合を重ねていたが、合意に達しなかったので、昭和四〇年一二月二一日付内容証明郵便で亀太郎に対し右所為が無断新築を禁止した借地契約に違反するものとして、昭和四一年一月末日限り借地契約を解除する旨を通告したことがあるが、これ以外に原告と亀太郎との間には格別の紛争はなかった。

原告は本件合意解約は亀太郎の申出に基づくものであると供述するが、右認定の事実に照し、たやすく信用できない。

六、しかして、以上認定の事実を総合考慮して考えると、本件合意は畢竟借地法四条または六条による更新請求ないし法定更新の規定を潜脱し、いわば、更新の効力の発生を借地人からする一〇〇万円の支払の有無にかからせる趣旨のものと解すべきであって、無効というほかない。

即ち、借地法四条または六条によると、借地上に建物を所有する借地権者が「借地権消滅ノ場合ニ於テ契約ノ更新ヲ請求シタルトキ」或いは「借地権ノ消滅後土地ノ使用ヲ継続スル場合ニ於テ」いずれも正当の事由ある土地所有者が遅滞なく異議を述べない限り「前契約ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ借地権ヲ設定シタルモノト看做」されることになっており、建物を所有する借地人の借地使用継続が十分保障されているのである。もっとも同法五条においては当事者の合意によって契約の更新される場合のあることを規定しており、この場合は多く、賃料の補充としてのないしは紛争を避止して円満に借地使用を継続し得る利益の対価としての意味をもつ更新料名義の金員の授受が約されるのであるが、かかる更新の合意も法定更新を終局的に排除するものではなく、借地人の更新料支払義務の不履行によって更新の合意が解除されることがあっても土地所有者に正当事由のない限り法定更新によって借地使用は継続され得るのである。しかるに本件合意の内容は従前の借地契約を一旦解約するのであるから、継続料の支払がない以上、もはや借地使用を継続し得ないとするもので、借地人にとって極めて不利益なものである。もとより事情によっては、当事者がその自由な意思でかかる合意をすることもあり得よう(例えば和解)が、かかる合意をなすにつき客観的、合理的な事情のみるべきものがない本件の場合には(原告と亀太郎との間の前記紛争の存在も借地契約の解約を含む本件合意がなされたことを首肯させるものではない)、合意成立の過程において借地人の側に無知その他通常人の対等の契約関係とは異なる劣位の事情の存在を推測させるのであって、このような事情の下で成立した本件合意は前記更新の各規定を潜脱するものとして借地人のためにこれを否定するのが借地法の趣旨に則る所以である。

(もっとも、本件合意のうちここでその効力を否定すべきは前記更新に関する諸規定に反する部分、即ち、継続料支払がない限り、契約更新をしない趣旨の部分であって、前記の如き意味をもつ継続料の支払を約した部分の効力については別個の考察を要する)。

七、しかして亀太郎が従前の借地契約の期限たる昭和四一年二月末日以後も本件土地の使用を継続したことは当事者間に争いがなく、原告において契約の更新を阻止する事由についてはなんらの主張、立証がないから、原告と亀太郎との間の借地契約は借地法六条の規定により更新されたものというべきであり、昭和四三年一月亀太郎の死亡により被告が相続したことは前記のとおりであるから、被告は本件土地につき亀太郎の借地権を承継したものと認められる。

八、よって結局被告の抗弁は理由があり、原告の本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤安弘)

〈以下省略〉

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